こんにちは。ライターのノア・オータスです。
今後、全国のウイスキープロフェッショナルの方に語ってもらうインタビュー企画「教えて!バーテンダー!」をBARRELで執筆していきます。
バーはウイスキーをはじめとした様々なお酒、そして人々との交流の宝庫。こうして日本中でウイスキーが飲まれるようになったのも、古くから続く日本のバー文化があったからこそです。しかしバー未経験者にその扉は重く、入りづらかったり、行くキッカケがない、といった方も多い事でしょう。
まだバーに行った事がない人も、バーは良く行く人も、この記事が新たな“なにか”のキッカケになれば幸いです。
記念すべき第一弾は東京・新橋で老舗を引継ぎ、今も守り続けているBarT.Oの越智卓さんにお話を伺いました。
(当インタビュー記事は令和3年4月25日発令の緊急事態宣言以前に行ったインタビューを基に作成しています。インタビューはパーテーション越し、換気、殺菌、マスクの着用を行い実施しました)
越智 卓(おち たかし)さん
「Bar T.O」マスターバーテンダー。東京・国立の「Bar HEATH」を経て「トニーズバー」へ。
軽快で親しみやすいトークと圧倒的なウイスキーの知識量を持ち合わせ、1952年創業の老舗、トニーズバーを引継ぎ、守り続けている。
筆者が思うポニーテールが似合う男性ランキング1位。
Bar T.Oの扉を開く
どこか時代を感じるビルの地下1階。ふと外から覗き込むと階段にはウイスキーのポスターがずらり。階段を降りると、まるで潜水艦のような扉と美しい大理石のBar T.Oと彫られた看板が。
その扉を開けば、まず真っ先に目に飛び込んでくるシングルモルトを中心とした大量のウイスキー。壁一面にずらりと並ぶ光景は圧巻で、同時にウイスキー好きであればテンションが上がること山のごとし。
店の奥に視線を移せば、マスターバーテンダーである越智卓さんが温かく迎え入れてくれている事に気付くでしょう。
トニーズバーが日本のウイスキーの先駆者的な存在だったので、T.Oも流れをそのまま引き継いで今に至っています。
時代によって置いている銘柄とかは色々と代わりますけど、基本的にはウイスキーを中心としたオーセンティックなお店としてやっています。
で、ここ(Bar T.O)の前身がトニーズバーというお店だったんですけど…トニーさん(※1)のお店だからトニーズバーね。
ある時、働いてたスタッフの方がお辞めになった。
HEATHで僕に仕事を教えてくれた大川が、
そのまま5年くらいトニーズバーでバーテンダーをやらせてもらいました。
1回、トニーズバーは幕を降ろすんですけど、色々とご協力してくださったり支えてくださる方がいて、形は残せるようになりました。名前だけ“T.O”と変えて。。
【※1】松下安東仁(まつしたあんとにー)氏。通称トニーさん。「新橋にトニーあり」と謳われ、日本におけるオーセンティックバー文化の創始者と言える方。
ベッティさんはトニーさんから店を引き継いでいた期間がありまして、二人の師匠の間に入ってくれたので。だから赤い点なんです。
初心者にオススメするウイスキーを聞いてみる
1番最初にお聞きしたいのは「ウイスキーをあまり飲んだことがない、または飲み始めた方へ向けたオススメ銘柄」についてです。
ウイスキーをあまり飲んだことのない方の中には、樽やピートといった特有のウイスキー臭と言うか、イヤなエグみが苦手な方が多いと思います。そういった風味がとても抑えられている銘柄です。
もちろんストレートで飲んでも美味しいけど、ソーダ割りにすると非常に華やかな味わいに開いていく。
初心者の方でも非常に飲みやすい銘柄だと思います。
ある程度、色々と飲んでいる方は少し物足りなく感じてしまったり…というコトもあるかもしれませんが、これからウイスキーを飲み進めていきたいと思っている方が楽しむにはアラン・バレルリザーブは本当にいいお酒です。
バーによって異なる初心者へのアプローチ
初心者の方が相手でも、「正直、ストレート以外では飲んでほしくない」とか「ウイスキーは割らずにそのまま味わってほしい」というお店はたくさんあると思います。
「いろいろなウイスキーをソーダで割って飲んでください」ってお店もあります。どちらが良い悪いというハナシではなくて、そのお店の方針なので。
そういったものを、自宅で飲みやすいようアレンジしてウイスキー入門に使っていただくと良いと思います。
もう極端なハナシ、ブレンデッドウイスキーをコーラとかジンジャエールとか牛乳で割って飲んでいいんじゃないかなって思いますよ。私、バーテンダーですけど。
ブレンデッドって元々“割って美味しい”ように出来てるウイスキー。日本で言うと角とかトリスとか、洋酒ならデュワーズとか、ジョニーウォーカー、ホワイトホースといったところでしょうか。
ただバーの店主として1つ、お伝えしたいコトがあるんです。
ご家庭ではいくらでも好きにアレンジして飲んでいいと思います。
ただ、家とバーは同じに考えない方がいいと思います。せっかく貴重な時間を割いて、わざわざバーにお越しいただいてるので、何も経験しないのはちょっと勿体ないかなと。
自宅で牛乳割りを飲んでいるからバーでも牛乳割りを飲もう!と言っても、そもそもバーに牛乳があるか分からない。
ジンジャエールで割ってるから!と言っても、家庭で飲むジンジャエール割りとは味が大きく違ってしまうかもしれない。
なので“ウイスキーを使ったカクテルをください”と注文していただければ、何か飲みやすいタイプのアレンジをしてご提供させていただきます。バーは1つのお酒を1つのドリンクで割るだけ、のお店ではありませんので。
越智さんが好きなウイスキー。そのワケ
グレンアラヒー。
そしてバルヴェニー。
両方とも12年モノです。
もしくはかなり濃い目の水割り、オン・ザ・ロック辺りで飲んでほしいなと思います。1:1で割るとエグさが出ますね。樽のイガイガさというか。“木”の舌に残る感じが顔を出してしまうので。
どちらもシェリーを主体に使っているのでかなり甘口に仕上がっています。蒸溜所のスタンダード商品って言えばいいのかな?最近の、普通に買える商品の中では凄く個人的に美味しいと思います。
だけど、どの蒸留所から出るお酒も時代に合わせて味は変わります。
時代が変わる中で「これは良い方に変わったな」とか「これは勿体ないな」ってお酒がたくさん出てきて、それが繰り返される。
作り手のトップが変わると、そのトップの味わいに寄っていく。芯の部分は変わらないけど、枝の部分の味わいが変化する。後は大量生産に入ると工業的な生産を行わなければ間に合わなくなる。
今や世界的なウイスキー人気で需要と供給のバランスが合ってないんです。
今後、世界的に供給がなされれば、また作り手が作りたいモノを作れるような時代が来るのでは、と思います。
その中で、今だとこの2本が個人的にお気に入りですね。
お店の人気銘柄について聞いてみた
アードベッグ、ラフロイグ、ボウモア。ラガヴーリンとか。アイラ系かな。
その中でアイラモルトは味わい、香りに強い個性とインパクトがある。なので好きか嫌いか必ずどちらかに振れる。ということでしょうか。
アードベッグ1本で店やってます!みたいなお店は少ないんで(笑)
ボクが勝手に思ってるんですけど、ブルーチーズに似てるような気がします。1回食べてダメな人はダメだけど「食べ合わせとか料理によっては食べれるんじゃないか…?」みたいな。そんな感じで注文は多くなります。
今のアイラのウイスキーって「香りが強ければ味は薄くていい」っていう振れ幅に変わっている。味わいがちょっと寂しいというか。その中ではラガヴーリンは凄くしっかりしてるし、昔から変わらないワケではないんですが、手に入りやすいアイラウイスキーの中ではとても楽しめると思います。
オーセンティック・バーの未来
ボク、ボクらの仕事…バーテンダーというのは“来るお客様を迎える”コトしかできない。
何も変えずに全てを守り抜くことも大事だとは思いますが、ウチのお店は土地柄もあってサラリーマンの方々が特に多い。なのでテレワークという新たな仕事の方法が始まって、出社する時間は激減したわけです。週6出勤で満員電車で出社、退社ってコトの方がナンセンスだって世の中です。
「仕事終わって一杯」、という人たちはザックリ2割しかいなくなります。
その2割の人たちの受け皿をどうやって確保するかっていうハナシになるし、それ以外にもテレワークしてる人たちに、いかにして来てもらうのかを考えることになります。
働くお客さんたちのスタイルによってボクらのビジネスも変わると思うんです。
場所柄、ここは新橋で、サラリーマンの方々が出勤して、その帰りに寄っていただくようなお店なので。
なぜかと言うと目的が違いますよね。
40代、50代っていうのは仕事帰りに同僚や部下と話したり、一人の時間を作るコトを目的として飲みに行く。そうしたお客さんが多いお店ほど傾向は強くなるのかな、と思います。最近の銀座、新橋界隈がまさにそれで、午後6時オープンが主流だったのが、4時とか5時に移ってきている。この先もそれを維持するのか、戻すのかってみんなが悩んでます。
今までクローズは大体午前2時くらいだけど、そんな遅い時間にお客さんは果たして来るのかって話になりますよね。
日本のバー文化を守るには?
ちょっと面倒くさいハナシになるけど、「バーとは?」という定義をみんなで“なんとなく”でもいいから掲げるべきだと思うんです。
オーセンティックバーとは?みたいな。
とにかく色んなバーがあるじゃないですか。ダーツ、ガールズ、全てのバーが、バーという一言で片付く。今はそういう時代ではなくて、もっと細分化しないといけないのではないかと思います。
カラオケバーやガールズバー、オーセンティックバーとそれぞれ線引きをしていかないといけない。このコロナ禍で多くの方が、「バーは悪い場所だ」「感染源だ」って思ったはずです。
そうならない為にも定義づけをして、その定義に則った中で新しいコトに挑戦したり、古いモノを残すとかを考えて、バー作りをしていかないといけないのかなーと思います。
例えばですけど、仮にお酒が100本以上ある場所はバーとしましょうってする。じゃあ100本以上お酒があれば、女の子が隣につくお店もバーになるのかと、
例えばですが、お酒の知識に秀でている人がいて、カクテルを作るスペースがあって、スタッフと客の会話はカウンター越しで、と条件をつけるとか。こういう業界の細分化を行った方が良いように思います。
今はザックリすぎるんですよね。
お酒を出したら全部バー、女の子がつくトコは全部クラブみたいな。
世の中にはバーかクラブしかないの!?ってなりません?
今回のコロナ禍で思うコトはみなさんたっぷりあると思うんです。昼間やってる飲食店は全部レストラン?いやそんなコトあるかってハナシで。
そして、コトを細分化したその後でね。例えばウチのお店みたいに凄く古くからやらせて貰ってる、そういう店を引き継ぐコトをやってほしいなって思います
バーを“引き継ぐ”ということ
差別化を図ると言ったら“大会で優勝しました”とか“資格持ってます”とか“こんなフルーツを農園から仕入れています”という売り文句になってしまう。これって古いバーテンダーから言わせるとバーじゃなくても出来るんじゃない?と思うのです。
特殊なことができるバーというのは限られています。結果的に、ウイスキー、カクテル、軽いおつまみどころじゃない本格フレンチみたいな料理が出てきちゃったり、そういう何でも屋的なお店がドンドン増える。
昔はあくまでバーとして個性的なお店が多かったので。例えばウチみたいにウイスキーに特化してますとか、このカクテルはこの店から生まれましたとか。こういう古き良き文化を、新しいものも取り入れつつ、守っていって欲しいなと思いますね。
バーとインターネットと空気感
人と人としての接点。
これが強く出るのがバーだと思うし、流れる空気感というのはその場でしか味わえないものですよね
人と人の繋がりってやっぱり大事。そういう繋がりが出来る場所がバー。
たとえば若い初心者の方が座ってウイスキーを頼んだとします。
隣に座っているおじさんが大企業の社長でも政治家でも、「ただ隣に座ってる年配のおじさん」でいい。お酒を楽しむって目的を共有しているただの人になれる場所です。
最初は意味が分からなくて、でも働く内になんとなく分かってきた気がして。ボクなりの解釈ですけど「バーというステージを見に来てくださったお客様と役者」なんですよ。右の人には良い顔、左の人には良い顔しない役者なんていないですよね。全てのお客様に対して、いかに楽しんでいただけるかっていうコトなんです。
BARREL読者に向けて
恐らく皆さんが思ってるより、バーはもっとずっと気楽な場所です。
ボクがいう“普通のバー”は一元さんにも「今日は閉店です」とか「予約でいっぱいです」みたいな断り方はしません。是非、バーという場所に少しでも興味を持っていただけるなら…扉を開けてもらいたいです。本当にいいお店がたくさんあるので、何度も言っちゃいますが、本当に扉を開けてください。
「ここにお座りください」から「どんなお飲み物がいいですか?」、「普段は何を飲まれてます?」とかって尋問みたいなコトが始まりますけど(笑)
それがイヤじゃなければバーはとても楽しめる場所だと思います。御来店をお待ちしています
—今日も時代が変わりゆく街、新橋。静かにBar T.Oの扉が開きます。
快く取材を引き受けてくださった越智さん、ご協力いただいたAさん、Sさん、HHさん、全ての方へ感謝します。ありがとうございました。
インタビューした人
ノア・オータス
ノージングと狙撃が得意なウイスキーラブなPCゲーマー。
好きな銘柄はスキャパ、モートラック、ラガヴーリン。