スコッチ、アイリッシュ、アメリカン、カナディアン、ジャパニーズ……。
作られる国ごとに個性豊かな味わいが楽しめるお酒、それがウイスキー。
ではその発祥は?
と訊かれると、首をかしげてしまう方が多いのではないでしょうか。
今回はウイスキーの生い立ちについて追ってみたいと思います。
謎に包まれたウイスキーの誕生
ウイスキーの誕生については諸説あり、実はこれと断言できるものはありません。
資料上では、ウイスキーと思われる蒸溜酒の名前が現れるのは14世紀頃のこと。イタリアで作られていたブドウの蒸溜酒「aqua vitae(アクア・ヴィテ)」がアイルランドに伝わり、ゲール語に翻訳されて「uisce beatha(ウィシュケ・ベァハ)」と呼ばれるようになったようです。
意味はともに「命の水」。これがなまって、やがてウイスキーと呼ばれることになりました。
元々はブドウで作られていたお酒も、アイルランド国内に製法が伝わったことで、現地で手に入る大麦やライ麦から作られるようになりました。
また、アイルランドでは、このウィシュケ・ベァハよりも前に蒸溜酒が作られていたという話もあります。
こちらはむしろビールに近い濁り酒のようなものでしたが、古くからこうしたお酒が飲まれていたことで、味に慣れており、ウイスキーが根付きやすい環境が出来ていたのでしょうね。
西洋の焼酎?ウイスキーは透明だった!?
約700~800年の歴史を持つウイスキー。長い時をかけて、ゆっくりと洗練された味を磨いてきたのかと言えば、意外にもそんなことはありません。
今日愛されている琥珀色のウイスキーが生まれたのは、なんとここ200~300年ほどのことなのです。
それまでのウイスキーは、蒸溜させた後に熟成を挟まなかったので無色透明でした。もちろん熟成された香りも味もまだ持たず、ジンやウォッカを連想させる風情だったことでしょう。
西洋の焼酎とも言えるかつてのウイスキーが樽と出会うきっかけ、それは「密造」でした。
アイルランドからお隣のスコットランドにも広まっていったウイスキーは、そのスコットランドを併合したイングランドに、貴重な財源として目をつけられてしまいます。
ウイスキーの製造業者は高額な酒税をかけられ、正規に作り続けるためには課税前の10倍~20倍もの税金を払わなければならなくなりました。
当然、スコットランドの人々がそんな馬鹿げた税をおとなしく払うわけはありません。彼らは手近な樽に蒸溜したウイスキーを入れ、スコットランドの北、ハイランドの緑の深い山奥に隠しました。
そう、ウイスキーが樽に入ったのは、芳醇な味を作るためではなく、国の役人からウイスキーを隠し、密造するため。
そして熟成する期間が生まれたのは、人里離れた山奥から運び出す時間がどうしてもかかるためでした。時の権力者から虐げられたことで、逆に飛躍的な進歩を遂げたわけです。
まさにこの時代は、ウイスキーの革命時代と言っても過言ではありません。
樽を開け、初めて琥珀色のお酒を口にした当時の人々の驚きは、とてつもないものだったことでしょう。
幾度の荒波を乗り越えた日本での普及
さて、ようやく私達の知っている琥珀姿になったウイスキーが日本に伝わるのは、江戸時代末期のことです。
ペリーで有名な黒船来航時(1853年)、将軍への献上品として持ち込まれた品物のひとつに、ウイスキーの記録が残っています。
明治に入ってからは民間での輸入も行われましたが、今までにない味のお酒は日本人の口には合わなかったようです。明治末期になっても、ウイスキーが日本のアルコール市場に占める割合はわずか1%程度でした。
需要がない以上、国内で本格的な製造を試みる動きもなかなか起こらず、大正の終わりまでウイスキーは冬の時代を迎えました。
そんなジャパニーズ・ウイスキーのさきがけとなったのは、ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝と、サントリー創業者の鳥井信治郎でした。
スコットランドで学んだ蒸溜技術を輸入し、日本初の国産ウイスキーを完成させるまでの試行錯誤は、ドラマ「マッサン」で一躍有名になりましたね。
日本人に好まれるよう改良を重ねた「角瓶」も発売され、市民権を得てきたところに、しかし再び逆風が吹きつけます。第二次世界大戦の開戦です。
戦時下で統制品となったウイスキーは、一般市民への流通が制限されました。将校への配給用としてなんとか作り続けられていたものの、戦争が終わっても高級品であるウイスキー市場はなかなか回復しませんでした。
そんな苦しい情勢を支えてくれたのは、なんとGHQのアメリカ将校達でした。大戦を乗り越えて熟成された日本のウイスキーは、彼らの舌を満足させるまでの味わいになっていたのです。
その後、戦後復興とともに洋酒市場は息を吹き返して、みるみる成長してゆきました。
ハイボールがポピュラーになったのもここからで、日本での飲み方としては新しいんですね。
800年の粋を一口に
1300年代から駆け足でウイスキーの歴史を振り返ってみましたが、いかがでしたでしょうか?
トリビアも時にはお酒を美味しくする肴。遥かな歴史を胸に秘めてお気に入りの一杯を楽しめば、いつもよりほんの少し贅沢な気持ちになれるかもしれませんよ。