お酒をボトルからグラスに注ぎ、お客様の目の前に提供するまでの過程に命を注ぐ人たちがいます。
今回のテーマは「フレアバーテンダー」。
「お酒を差し出すまでの過程にどれだけエンターテイメントを込められるのか?」というテーマのもと、時に華麗に、時に激しくボトルを空中に飛ばしながら、軽やかなパフォーマンスと共にカクテルを作りあげるにフレアバーテンダーという職業。
今回はみなさまにフレアバーテンダーとは何かを詳しくお伝えするべく世界大会の様子を取材してまいりました。
ただグラスに注いだお酒をお客さんに提供するだけはない、酒瓶を手に取ったところから始まる5分間のカクテルストーリー。
平成最後の秋、30年10月28日日曜日に大分県日田市で開催された「ラブ日田カクテルコンテストlove hita cocktail contest 2018」をリポートします。
フレアバーテンダーとは?
最初にフレアバーテンダーがどんなものか簡単にご説明しようと思いますが、文面で説明するよりもまず動画を見たほうがわかりやすいので、こちらをご覧ください。
今回の大会でただひとり地元大分県日田市からのエントリーとなった木下修幸選手のフレア演技です。
彼のフレアは日田市内にあるバー「jupiter(ジュピター)」で楽しむことができます。
フレアバーテンディングとは、カクテルをシェイクするときに使われるシェイカーやお酒の入ったボトルを空中に投げ、曲芸のジャグリングのように回転させたりしながら作成したカクテルをグラスに注ぎ、完成させるまでのパフォーマンスを言います。
技の種類は無数にあり、ジャグリングだけでなく体のいろんな部分でボトルやシェイカーのバランスを取ったり、空中で液体をキャッチしたりと様々です。
幾つもの技を組み合わせ、見る人を魅了します。完成まで次々と繰り出される技の数々に目が離せません。
フレアバーテンディングの極意とは「見る人を楽しませつつ、おいしいカクテルをしっかり作る」ことです。
ボトルをきちんと回せるようになるまでは半年以上かかり、その技術を維持するためにも毎日のトレーニングは欠かせません。
そしてフレアバーテンダーといえば、40代以上の方はこれしか思い付かないでしょう。
1988年、トム・クルーズ主演で一大ブームを巻き起こした映画「カクテル」。
私も高校生の頃に見ましたが、現在でもこの映画を見たのがきっかけでフレアバーテンダーの世界に入った方が多いようです。
一気にフレアバーテンディングがメジャー化したきっかけにもなりました。
フレアバーテンダーの大会とは?
今回お話するのはフレアバーテンダーの競技大会なので、細かなルール規定があります。
前回は日本バーテンダー協会主催の「全国バーテンダー技能競技大会」についてお話ししました。
技能競技大会は、たいへん厳かで会場内に緊張感が漂いますが、フレアの大会はそれとは逆でとにかく賑やか。
大音量のダンスミュージックに合わせて次々とフレアの技が繰り出されます。
ステージ上のパフォーマンスに観客の目は釘付けです。難易度の高い大技が決まると一斉に歓声が上がります。
見ている側には楽しいステージですが、出場者はこの大会のために持てる技術のすべてを賭け、時間内にカクテルを作りあげていきます。
華やかなイメージのフレアバーテンダーですが、実際はかなりストイック。まるでスポーツアスリートのようです。
フレアバーテンディングのルールとは?
各大会において多少ルールが変わってくるため、今回は「ラブ日田カクテルコンテスト2018」で規定されたルールの説明をいくつかしていきたいと思います。
2種類のカクテルを5分以内に完成させる
今回の大会では5分以内に2種類のカクテルを作成します。
2種類のカクテルとは、「課題カクテル」「創作カクテル」の2種類です。
「課題カクテル」は決められたカクテルを同じ分量で作成していきます。
「創作カクテル」は各出場選手が考えたオリジナルのカクテルをフレアバーテンディングを交えながら作っていきます。
今回はスポンサーが老松酒造(大分県日田市の酒造メーカー)なので老松酒造のリキュール「梨園」を使用した創作カクテルをフレアバーテンディングを交えながら作成していきます。
創作カクテルは事前にレシピと完成写真を申請。
どちらのカクテルもレシピ通りに分量を間違えることなく入っていることをルールとして、見た目だけでなく味も審査していきます。
創作カクテルは、グラスやデコレーションが自由なので各自独創的で見た目にも鮮やかな作品が次々と完成していきます。
こちらは平松翔太選手の創作カクテル「Fusion of nature」
スポンサーのリキュール「梨園」とスコッチウイスキーボウモアをブレンド。かわいらしいピンクの色合いはクランベリージュースです。
スタンダードなカクテルグラスを使用したものもあります。
こちらは高橋大和選手の創作カクテル「水郷」。
シーバスリーガルと梨園リキュールのコンビネーションカクテルです。
こちらは和の雰囲気で「焼酎!?」と思ってしまいますがグラスのデザインは自由なので、こんな作品も。
玉垣大輔選手は兵庫県姫路市からの参加です。
創作カクテル「白鷲~sirosagi~」は、自身が店長を務めるダイニングバー「shake it UP」からほど近くにある世界遺産「姫路城」をイメージし、梨園リキュールにサントリー白州などをシェイクし、生クリームで白い城壁を表しています。
このように自由な発想とデザインで、見るだけでも楽しいカクテルが次々と作成されて行きます。
フレアバーテンディング中の採点ルール
フレアバーテンディングならではの特徴として、お酒のボトルにテーピングがしてあります。
これはジャグリングの際に滑らないようにするためです。
ジャグリングもボトル2本より3本で行ったほうが点数が高くなります。
テーピングはボトルのラベルにかからないように張ることが今回の大会のルール。使いやすいボトルに他のお酒を入れ替えることは違反となっており、また、ひとつのボトルに先にドリンクを混ぜておくのもルール違反となります。
そしてレシピだけでなくどんなフレアの技を順に披露するか、選手が事前に提出した作成方法(シェーク、ステア、ビルド、スローイングなど)で完成させることが原則です。
競技の最中に審査員が見るポイントとしては、ショーマンシップに則り、演技にオリジナリティーがあるか、すべての動作がスムーズに行えているかなど、フレアの技の加点だけではなく競技時間中の動作はすべて点数に加算されます。
そのうえで完成されたカクテルを確認し、レシピ通りにドリンクが入っているかを吟味します。
競技中にボトルやシェイカーを落としてしまったり(ドロップ)、指定されたドリンクが入っていなかったり時間内に完成されなかった場合(ミスク)は減点となります。
ボトルを落として割ってしまった場合は大きな減点となります。
そのほかボトルの回転中にドリンクがこぼれる(スピル)のも減点となります。
ジャグリングではかなり勢いよく回さないとボトルの口から次々こぼれてしまいます。
グラスに注ぐときに「もう残ってない!」なんてことにもなってしまうのです。
女性でもフレアバーテンダーになれるの?
重そうなボトルを次々回転させ、軽やかにカクテルを作り上げるフレアバーテンダーですが、もちろん女性もできます。
今回の大会でも女性の出場があり、女性ならではの美しいフレアを見せてくれ会場を沸かせてくれました。
また、2017年にはイギリス・ロンドンで行われたフレアバーテンダー世界大会において、全日本フレアバーテンダー協会会員である熊代綾子さんが2連覇を達成しました。
これからますます女性フレアバーテンダーの活躍が楽しみですね!
この大会の優勝者は?
今回の大会で優勝したのは、東京都からエントリーした三宅諒選手。
彼のフレアは東京都新宿区歌舞伎町にある「クジラエンターテイメント」で見ることができます。
彼は国内外の大会を次々と制覇しており、これからも記録が伸びること間違いなし!フレア界注目の選手です。
新しい技を覚え、攻略していくことがとても楽しいと話してくれました。
なんと、優勝トロフィーは日田市の名産「日田杉」のカクテルシェイカーとマドラー!
見た目も素敵ですが、いい香りも楽しめそうですね。
海外でも人気のフレアバーテンディング
フレアバーテンディングの発祥はアメリカで、19世紀ごろにバーの店員がウイスキーに火をつけグラスに移し替えるパフォーマンスを行ったのが最初と言われています。
今回の大会では本場アメリカからの参加はありませんでしたが、ヨーロッパやアジア圏など世界各地からトップクラスの実力を誇るフレアバーテンダーたちがエントリーしてくれました。
こちらの動画は今大会で見事2位に入賞したMiika Mehtio選手(フィンランド)の演技です。
ダイナミックで回転数が多く、非常に滑らかですね。
日本にいながら世界トップクラスのフレアを楽しめるこのラブ日田カクテルコンテストは毎年開催されています。
ご興味のある方は、ぜひ来年は大分県日田市に足を運んでみませんか?
大分県日田市はお酒にまつわる観光も充実
ではここで開催地となった大分県日田市のご紹介もしておきましょう。
ウイスキー関連の名所もあります。
福岡市街と大分県湯布院の間に位置する観光地で、夏場には「記録的猛暑」の地として天気予報や全国ニュースでたびたび取り上げられる地域でもあります。
日田市街地の中央に位置する豆田町は江戸時代に幕府直轄の城下町として栄えた地で、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されており現在も当時を偲ぶ建物群を見ることができます。
市内には三隈川が流れ、年間を通じて屋形船を楽しめます。
九州といえば焼酎ですが、日田市には「下町のナポレオン」のキャッチフレーズで全国にその名を知られる「麦焼酎いいちこ」の三和酒造日田蒸溜所があります。
そしてもう一か所、サッポロビール九州日田工場もあり、どちらも工場見学と出来立てのお酒の試飲を楽しむことができます。
また、天領日田にはウイスキーファン必見の施設もあります。
天領日田洋酒博物館
それがこちら「天領日田洋酒博物館」です。
国内唯一の洋酒関連の品を展示した私設博物館で、その中でもウイスキー関連の貴重なコレクションが約2万点も展示してあります。
館内中央にはニッカウヰスキー日田工場(現在は閉鎖)にあったポットスチルを丸ごと展示しており、このポットスチルは日本ウイスキーの祖、竹鶴政孝が作った現存する唯一のモノと言われています。
このように大分県日田市では見て、味わって・・・と、朝から晩まで酒三昧の旅を満喫することができます。
お酒好きならぜひ一度大分県日田市にお越しください!
全日本フレア・バーテンダーズ協会ANFA
今回の「ラブ日田カクテルコンテスト」は、全日本フレア・バーテンダーズ協会の協力のもと、ラブ日田カクテルコンテスト実行委員会が主催となって開催されました。
「日本における正しいフレア文化の発展」を目標に発足された「全日本フレア・バーテンダーズ協会」(ANFA)会長の江田毅寿氏の故郷である大分県日田市の酒文化の発展のために会長自らこのイベントを計画し、毎年開催されています。
全日本フレアバーテンダーズ協会のホームページでは、大会開催の情報や、ANFA公認フレアバーテンダーの紹介などを見ることができます。
全国各地のフレアバーテンダーは披露宴・パーティー・イベントなどでフレアを披露することもできますので、ぜひイベント企画の際にはフレアショーを開催してはいかがでしょうか。
盛り上がること間違いなしですよ!
フレアバーテンディングに懸ける思い
最後に、筆者と同郷である全日本フレアバーテンダー協会江田毅寿会長にコメントをいただきました。
「フレアというのは、バーテンダーの技術の1つにしか過ぎないという事です。
もちろんカクテルを美味しく作る事が大前提としてあり、なおかつお客様に目で楽しんで頂くという部分に重点をおいています。
パーティーや披露宴など、使い方次第では本当に可能性の広がる1つの技術です。
また、フレアバーテンダーは海外の方との交流も頻繁にありますし、色々なカクテルやバーの情報も入りやすい環境です。
フレアを見て、ぜひバーテンダーになりたいという方が少しでも増えれば嬉しいです。」
見ているだけでも楽しい気持ちになれるフレアバーテンディングは、これからも若い世代を中心に更なる広がりを見せることでしょう。
さいごに
筆者はフレアバーテンダーの大会を拝見したのは実は初めてでした。
国内外から大分県日田市という地方都市にフレアバーテンダーが集結し、接戦を繰り広げる様子には圧倒されました。
大分県日田市といえば、同じ県内に住む私にも江戸時代の古い町並みや屋形船のイメージがありましたが、今回の大会を拝見し日田市のイメージがすっかり変わりました。
お酒を扱うバーテンダーの大会ですが、会場内にはお年寄りから小さなお子様までステージ上のパフォーマンスに一喜一憂する様子を見て、町おこしのイベントとして素晴らしい取り組みだと感じました。
そして郷土のために毎年これだけ素晴らしいの内容のイベントを開催する江田会長の行動力にも感動を覚えました。
フレアバーテンディングをしている方に限らず、バーテンダーとは、ただお酒を提供するだけではなく、「お酒をボトルからグラスに注ぎ目の前に出てくるまでの過程をどこまで試行錯誤できるのか」という課題にストイックに取り組む人たちのことなのかもしれません。
職業の枠を超えた自己表現の世界。
見る側になるか、見せる側になるか?
ぜひご自分で一度フレアバーテンダーのいるお店を訪ねてみてはいかがでしょうか。