アメリカンウイスキーには複数の種類があるのをご存知でしょうか。
アメリカンウイスキー入門の記事でも書きましたが「バーボンウイスキー」や「ライウイスキー」「コーンウイスキー」など原料の違いによって名称も様々です。
その中でもひときわ異彩を放つ『テネシーウイスキー』。
テネシーって地名じゃないの?と思う人もいるでしょう。
そうです、テネシーウイスキーは「テネシー州で造られているウイスキー」です。
なぜ、原料でなく州の名前がついているのか、紐解いていきましょう。
テネシーウイスキーってどんなウイスキー?
どこで生まれたの?
テネシーウイスキーはアメリカ合衆国の南部に位置するテネシー州で生まれました。
テネシー州はアメリカ南東部に位置しており、北部にはバーボンの聖地と呼ばれるケンタッキー州があります。
東部はノース・カロライナ、南部はジョージア、アラバマ、ミシシッピ、そして西部はアーカンソーとミズーリ、たくさんの州に隣接しています。
アメリカ合衆国50州の内35番目の広さで、東西に690km、南北に180kmの、横に長い地形が特徴的です。
人口は約660万人、日本の本州中部とほぼ同じ緯度にあり、一年を通じて四季があり穏やかな気候に恵まれています。
音楽が盛んな街としても有名ですね。テネシー州で造られる「ジャック・ダニエル」というウイスキーは「ロックミュージック」ととてもゆかりがあることでも有名です。
いつ頃生まれたの?
テネシーウイスキーが生まれたのは1800年代後半。
1861年から1865年にかけて、アメリカ合衆国は南と北に分かれて激しい内戦を繰り広げることになります。世にいう「南北戦争」です。
南北戦争時、テネシー州は南軍について戦いました。
お隣のケンタッキー州はもともと南軍指示だったのですが、北軍に寝返ってテネシー州と戦った歴史があります。
南北のちょうど境界線となったテネシー州では戦いが激化、壊滅的な被害が出ます。逆にケンタッキー州は比較的軽傷で済みましたので、早々に産業を立て直します。
このような経緯からテネシー州の人々はケンタッキー州の人々に対して強い敵対心を持ちます。
そんなボロボロの「テネシー州」に若くして蒸溜業を営む青年がいました。
それがジャスパー・ニュートン・”ジャック”・ダニエルです。
ジャック・ダニエルとテネシーウイスキー
ジャスパー・ニュートン・”ジャック”・ダニエルは1850年9月、テネシー州に生まれました。
蒸溜所のオーナー兼牧師のダン・コール氏のもと、なんと7歳の頃から蒸溜技術の習得に励みます。そしてダン・コールが牧師業に専念することになった時、ジャックに蒸溜所を任せることとなります。その時のジャックの年齢は13歳!
13歳といえば中1です。天才ですね。
その頃は南北戦争真っただ中。戦火の中、ジャック少年はコツコツと蒸溜技術を積み上げていたのです。
ジャックは蒸溜技術において高い評価を受けていましたが、身長は150㎝程度ととても小柄な人物でした。
「ボーイ・ディスティラー(少年蒸溜業者)」というあだ名で呼ばれており、その小さい身体にかなりのコンプレックスを持っていたようです。
ジャック・ダニエルの伝記を書いたピーター・クラスはこう記しています。
踵の高いブーツを履いて、派手な色のコートを身に着け、つばの大きいハットをかぶり全身を決めていたジャックは、野心的で見栄っ張り、そしてなにより負けず嫌いな人物でした。
そんな負けん気の強いジャックだからこそ、南北戦争以後着々と復興し富や名声を獲得し始めたケンタッキー州に強い羨望と嫉妬を感じていたのです。
ケンタッキー州の蒸溜業者達が自分達の造ったウイスキーをフランスの王族にちなんで「バーボン」と名づけたことも気取っているようで気に入りません。
そしてジャックは誓うのです。
「バーボンではなく、あくまで”テネシー発のウイスキー”としてトップを獲る」と。
そして今日、ジャック・ダニエルは見事”世界一売れているアメリカンウイスキー”の称号を手にしました。
テネシー発のウイスキーが、ケンタッキー州はおろかアメリカ全土のウイスキーの売り上げを上回ったのです。
今もジャック・ダニエルは
「我々が造っているのはバーボンではない」と断固主張しています。
法律的には”バーボンウイスキー”と名乗ることもできるのですが、「テネシーウイスキー」のラベルを大きく貼り、頑なにそのプライドを貫いています。
「自由と独立を勝ち取ったアメリカの魂は、俺のウイスキーと共に成長してきた」と派手なコートのボーイ・ディスティラーは誇るのです。
バーボンウイスキーとテネシーウイスキーの違いってなに?
テネシーウイスキーを飲むとバーボンと味が似ていて、「甘くて飲みやすい!」と感じる方が多くいます。
ジャック・ダニエルをコーラで割ったジャックコークなどはお酒を飲みなれていない方にも人気ですね。
基本的な原料はバーボンと同じで、51%以上がトウモロコシです。
蒸溜方法や熟成方法にも違いはありません。
アルコール度数80%以下で蒸溜、内側を焦がしたオークの新樽にアルコール度数62.5%以下で樽詰めして熟成させます。
大きく違うのは
「テネシー州で造られていること」
「蒸溜直後の原酒(ニューポット)をサトウカエデの木を原料に作った炭で濾過する”チャコールメローイング製法”で造られていること」
です。
が、最近では”チャコールメローイング製法”を使っていないテネシーウイスキーも出てきたので、もはや違うのはテネシー州で造られているかどうかだけのようですね。
チャコールメローイング製法とは
テネシーウイスキーの特徴のひとつである”チャコールメローイング製法”は蒸溜後、樽詰めする前の原酒をサトウカエデの炭でろ過します。
ジャック・ダニエル蒸溜所の場合、炭をびっしりとつめた「ろ過槽」に8~10日かけて原酒を通していきます。
このろ過製法が若い蒸溜酒の味の尖りを取り除くのです。
この手法は「リンカン郡製法」としても知られ、ウイスキーにかすかなスモークの香りと、ガラスのようになめらかな舌触りと、とろみのある甘さを与えます。
ちなみに全てのテネシーウイスキーがこのチャコールメローイング製法(リンカン郡製法)を使っているわけではありません。
「プリチャーズ蒸溜所」は炭でろ過していないテネシーウイスキーを造っています。
さらに言うとチャコールメローイング製法を使ったら「バーボン」と名乗れないわけではありません。
一般的に「バーボン」を名乗っている蒸溜酒はこの技法を使わないというだけです。
ジャック・ダニエルだけじゃない!テネシーウイスキーの蒸溜所一覧
テネシーウイスキーはジャック・ダニエルだけと思っている方も多いことでしょう。
そんなことはありません、現在ではさまざまな蒸溜所が30箇所前後稼働しています。
幾つか名前が変更されているところもあるかと思いますが、主な蒸溜所は以下。(50音順)
- イースト・テネシー蒸溜所(EAST TENNESSEE DISTILLERY)
- オール スモーキー ムーンシャイン蒸溜所(OLE SMOKY MOONSHINE DISTILLERY)
- オールド・フォージ蒸溜所(OLD FORGE DISTILLERY)
- オールド・グローリー蒸溜所(OLD GLORY DISTILLING CO.)
- コルセア蒸溜所(CORSAIR DISTILLERY)
- サザン・プライド蒸溜所(SOUTHERN PRIDE DISTILLERY)
- サンダー・ロード蒸溜所(THUNDER ROAD DISTILLERY)
- シュガーランド蒸溜所(SUGARLANDS DISTILLING)
- ショートマウンテン蒸溜所(SHORT MOUNTAIN DISTILLERY)
- ジェイク・クリーク蒸溜所(JAKE’S CREEK DISTILLERY)
- ジャック・ダニエル蒸溜所(JACK DANIEL’S DISTILLERY)
- ジョージ・ディッケル蒸溜所(GEORGE DICKEL DISTILLERY)
- ダック・リバー蒸溜所(DUCK RIVER DISTILLERY)
- チャタヌーガ蒸溜所(CHATTANOOGA WHISKEY EXPERIMENTAL DISTILLERY)
- テネシーヒル蒸溜所(TENNESSEE HILLS DISTILLERY)
- テンサウス蒸溜所(TENN SOUTH DISTILLERY)
- ネルソン・グリーン・ブライア蒸溜所(NELSON’S GREEN BRIER DISTILLERY)
- フルスロットル・サルーンシャイン蒸溜所(FULL THROTTLE SLOONSHINE DISTILLERY)
- プリチャード蒸溜所(PRICHARD’S DISTILLERY)
- ビーチツリー蒸溜所(BEECHTREE DISTILLERY)
- ビッグリバー蒸溜所(BIG RIVER DISTILLING)
- ブートレッガー蒸溜所(BOOTLEGGERS DISTILLERY)
- ペニントン蒸溜所/旧スピークイージー蒸溜所(PENNINGTON DISTILLING CO./SPEAKEASY SPIRITS)
- ポップコーンサットン蒸溜所(POPCORN SUTTON DISTILLERY)
などなど。小さいところはもっとあると思います。
もちろん現地に訪問して確認するのが一番ですが、トリップアドバイザーなどで閲覧すると色々な写真も見れたりするのでおすすめです。
まずは飲んでみよう。日本で買えるおすすめ銘柄。
テネシーウイスキーはたくさんありますが、日本で買えるものとなると限られてきます。まずは以下の銘柄を飲んでみましょう。
ジャック・ダニエル(ブラック Old No.7)
さんざん上記でも語ってまいりましたが、日本でも手に入りやすく、テネシーウイスキーを代表する逸品なのでご紹介させてください。
スコッチのジョニー・ウォーカーに続いて世界で2番目に売れているウイスキーです。
しかしジョニーウォーカーにはブラックやレッド、ブルーなどのラインナップが存在しすべての合算が世界一ですので、単独銘柄としては圧倒的ナンバーワンの売り上げを誇ります。アメリカンウイスキーとしては不動のエース的存在です。
香りはバニラやメープルシロップが強くフルーティ。薬草のようなニュアンスも感じられます。
味わいは滑らかで甘く、バーボンと比べるとアルコール度数もやや低くスルスルと飲みやすいです。すっきりとした後味で多くの人が好む味わいと言えます。
コンビニエンスストア、スーパーマーケットなど至る所に置いてあり、価格もそこまで高くないのでビギナーさんが試しやすい商品と言えます。小瓶もあるのでまずはそちらを試すのも良いでしょう。
映画などではバイク乗りがバーでガブガブ飲んでたり、ロックミュージシャンが瓶ごとラッパ飲みしていたりとちょっとえげつない描写もあるのですが、これすなわち「スルスルと飲みやすい」という証明でもあるのです。
テネシーという土地にこだわり、ちょっと粗野で男臭い、古き良きアメリカを彷彿とさせるウイスキーです。
ジェントルマン・ジャック
いわゆるジャック・ダニエルの上位互換。
チャコールメローイング製法は炭でろ過することにより糖類が加わり、化合物が取り除かれるため非常に滑らかなのど越しを実現します
このチャコールメローイング製法を2度繰り返し更なるスムーズさを追求した商品です。製造の手間がかかり生産量が限られるため、ややお値段も高いです。
ジャック・ダニエルが気に入れば購入してみてもよいでしょう。
舌触りがジャック・ダニエル ブラックよりもソフトで、飲み比べると「シルキー」と言われる所以がわかります。
ジャック・ダニエル シングルバレル
こちらは選ばれしジャック・ダニエルといった大物感が漂います。
一般的なジャック・ダニエルは複数の樽から少しずつウイスキーをブレンドして瓶詰めするのですが、シングルバレルは厳選された一樽からボトリングされます。
つまり一樽ごとに個性があるので、すべての商品が微妙に味わいが違います。一定の基準値を高い値でクリアした選び抜かれた逸品です。
ジャック・ダニエルの特徴でもある甘みや香ばしさに加え、良い意味での雑味(旨み)が多く、力強いコクが特徴。
オイリーでスパイシー、タンニンの酸味も感じられ、バニラやキャラメル、焼きリンゴのような熟成由来の濃厚な甘みを楽しめます。
多数の輸入業者が樽を買い付け、別注でオリジナルボトルを作ることでも有名です。
ジョージ・ディッケル No.8
バーボン専門店に行けば話は別ですが、ジャック・ダニエル以外で日本で見かけるテネシーウイスキー銘柄といえばこちら。
「ジョージ・ディッケル蒸溜所」はテネシー州タラホーマ近くのノーマンディというところにあります。
1870年にドイツ系移民ジョージ・A・ディッケルが立ち上げた蒸溜所で禁酒法時代に一旦閉鎖されましたが1958年に復活。
1999年にも一度閉鎖し、2003年に再オープンしました。
サトウカエデの炭の上に羊毛で織られた毛布を敷き、1週間浸すというチルド・メイプル・メロウイング製法を用いるのが最大の特徴です。
原料の配合(マッシュビル)はコーン84%、ライ麦8%、大麦麦芽8%と極端にコーン含有量が多く、柔らかく甘い風味を漂わせています。
ジャック・ダニエルがサラサラとして物足りないという方はこのジョージ・ディッケルを飲んでみてはいかがでしょうか。
コーンの甘みはより強く感じられると思います。
ジョージ・ディッケル No.12
上記の「ジョージ・ディッケル No. 8」は4〜6年の熟成ですが、「No. 12」は約8〜10年の熟成が施され重厚感が増しています。
スコッチウイスキーやバーボンウイスキーもそうですが、日本人の口には熟成年数が長いもののほうが好まれる傾向にあります。
質感が濃くてディープなので、多用なイメージを想起させつつじんわりと胃の中に落ちていきます。
深い森で目いっぱい空気を吸い込むようなウッディな香りと「月光のようになめらか」と称される最高峰の飲み口を感じさせてくれるウイスキーです。
後味はドライ、かなり切れ味がよく飲み続けることができます。
ジャック・ダニエル テネシーハニー
まだまだウイスキーに慣れていないという方にはこちらがおすすめ。
ただでさえ飲みやすいジャック・ダニエルに天然蜂蜜、メープルシロップ、ローストナッツフレーバーなどを加えたハニーリキュールです。
トニックウォーターやジンジャーエール、さらにはミルクやコーヒーで割っても美味しく楽しめます。
個人的なおすすめは瓶ごと冷凍庫に入れて、ストレートでいただくこと。レモンを絞ってもいいですね。
スイス産のミルクチョコレートにジャック・ダニエルやこのテネシーハニーを詰め込んだチョコレートバーなんて商品も出ているので、ご興味のある方は是非。
アメリカ南北戦争が生んだ逆襲のウイスキー
あえて「逆襲」と強い言葉を使いますが、19世紀のテネシー州の蒸溜業者達の胸には強い反骨心が宿っていたはずです。
「テネシーウイスキー」という一大ブランドを作り上げたその「無冠の誇り」には逆境に屈しない人生哲学が表れているようにも思えます。
きっとロックンロールと相性が良いのもそういった精神性からかもしれませんね。
ジャスパー・ニュートン・”ジャック”・ダニエルと、当時の蒸溜業者達の思いを受け継ぎ、様々なクラフトディスティラリーがテネシーの地に生まれています。
彼らがどんな意志を持ってこれからのテネシーウイスキーを担っていくのかはわかりません。
きっとそれは、彼らが生み出したウイスキーを飲めばわかるはず。
IT’S NOT SCOTCH.
IT’S NOT BOURBON.
IT’S TENNESSEE!