サントリーホールディングスが2025年1月に新会社「ウォータースケープ株式会社」を設立しました。
ひっそりと立ち上げられたこの会社ですが、これは、サントリーが長年掲げてきた「水と生きる」という企業理念を、さらに一歩前進させる戦略的な一手と言えるでしょう。
地球規模で水資源の持続可能性への関心が高まる中、サントリーが培ってきた水科学の知見を、自社だけでなく社会全体の課題解決に活かそうというのです。
本記事では、このウォータースケープ設立が、サントリーの事業、特に高品質な水が命であるウイスキー事業にどのような影響を与え、飲料事業全体の持続可能性にどう貢献していくのかを深掘りします。
水と共に生きるサントリーのDNA
飲料メーカーにとって、清浄で豊富な水は事業の生命線です。
製品の主原料であることはもちろん、製造プロセス全体に不可欠な存在といえます。
サントリーは創業以来、「水と生きる」を企業理念に掲げ、自然の恵み、その中でも特に”水”によって事業が支えられていることを深く認識してきました。
水源涵養活動「天然水の森」プロジェクトや、環境負荷低減技術の開発など、長期的な視点での環境保全活動は、同社の企業文化として深く根付いています。
なぜ今、ウォータースケープなのか?
近年、世界各地で干ばつや洪水、地下水枯渇といった水に関する問題が深刻化しています。
これは飲料メーカーにとって、事業継続を脅かす大きなリスクです。
サントリーは、この危機感に対し、社内ベンチャー制度「FRONTIER DOJO」を通じてウォータースケープを設立するという、革新的なアプローチで応えました。
これは、自社の水資源を守るだけでなく、水問題解決の知見を社会に還元するという強い意志の表れです。
ウォータースケープの使命と事業内容
ウォータースケープの核心的な目的は、企業や地域社会が持続可能な水資源を確保できるよう支援することです。
その使命は「人と自然が共鳴する流域社会の実現」。
サントリー水科学研究所が長年蓄積してきた水文学の研究成果を基盤に、以下の事業を展開します。
- 診断・モニタリング: 科学的データに基づき地下水量を診断し、水資源の状態をリアルタイムで可視化します。
- 計画・コンサルティング: 持続可能な水資源管理計画の策定や、地域活性化に繋がるコンサルティングを提供します。
- 研修・学術支援: セミナーやワークショップの開催、研究開発支援を通じて、水に関する知識普及とイノベーションを促進します。
当初は地下水確保に課題を持つ企業を主な対象とし、将来的には地域の中小企業やコミュニティへと支援を広げ、健全な水循環への貢献を目指すとのことです。
ウイスキー造りと水の密接な関係
サントリーの事業の中でも、ウイスキー製造は特に水との関わりが深い分野です。
- 原材料としての水: 仕込み水や、アルコール度数を調整する割り水として使われ、その水質やミネラル分がウイスキーの個性的な風味を形作ります。
- 製造工程での役割: 麦芽の糖化や、蒸溜時の冷却など、多くの工程で水が不可欠です。水のpHやミネラル組成は、酵素の働きにも影響を与えます。
- 水源の重要性: サントリーの蒸溜所が豊かな水源地に立地していることからもわかるように、安定した高品質の水源確保は、ブランドの味を守る上で極めて重要です。スコットランドでの「ピートランド・ウォーター・サンクチュアリ」のような取り組みも、水質維持への強いこだわりを示しています。
ウォータースケープとウイスキー事業のシナジー
ウォータースケープの設立は、サントリーのウイスキー事業に以下のような具体的なメリットをもたらすと考えられます。
- 安定供給とリスク軽減: 地下水診断やモニタリングにより、蒸溜所の水源の状況を正確に把握し、水不足や水質汚染のリスクを低減できます。
- 品質維持と向上: 専門的な水質管理や水源保護のコンサルティングにより、ウイスキーの命である水質の一貫性を保ち、さらなる品質向上に繋がる可能性があります。水質と風味の関係に関する共同研究なども期待されます。
- 気候変動への対応: 水資源管理計画の策定支援を通じて、気候変動による水不足リスクへの備えを強化できます。
- ブランド価値向上: 水持続可能性への具体的な取り組みは、環境意識の高い消費者からの信頼を高め、ブランドイメージ向上に貢献します。
サントリー全体の持続可能性への貢献
ウォータースケープの影響は、ウイスキー事業に留まりません。サントリーグループ全体の持続可能性目標達成にも大きく貢献します。
- 「ウォーターポジティブ」達成への貢献: サントリーは「2050年までに全グローバル事業所でウォーターポジティブ(取水量以上の水を涵養する)達成」という野心的な目標を掲げています。ウォータースケープの専門知識は、水源涵養戦略や水効率改善策の推進力となります。
- 飲料ポートフォリオ全体の効率化: ビールや清涼飲料など、他の製品カテゴリーにおいても、ウォータースケープの知見を活かした水使用量の最適化が期待できます。
- ステークホルダーへの訴求: 専門会社を通じた積極的な取り組みは、投資家や消費者、地域社会など、全てのステークホルダーに対して、サントリーの環境責任への強いコミットメントを示すメッセージとなります。
未来への展望:流域社会の実現に向けて
ウォータースケープは、サントリーグループの枠を超え、より広範な社会課題としての水問題解決に貢献することを目指しています。
「人と自然が共鳴する流域社会の実現」というビジョンに向け、地域社会全体の水持続可能性を高める活動へと発展していくことが期待されます。
ウォータースケープ株式会社の設立は、サントリーにとって、単なるリスク管理や効率化に留まらない、未来への投資と言えるでしょう。
長年培ってきた水科学の知見を社会に還元し、高品質な水に支えられるウイスキー事業をはじめとする飲料事業全体の持続可能性を確かなものにする。
そして、「水と生きる」という理念を、より深く、広く実践していくための重要な一歩です。
サントリーとウォータースケープの連携が、日本の、そして世界の水問題解決に貢献し、豊かで持続可能な社会の実現に繋がることを期待したいと思います。