スキットル。それはウイスキー専用水筒と言っても過言ではない、蒸溜酒マニア必携のアイテムです。
男性的で無骨なイメージから、映画やドラマなどでよく登場する小道ですね。形だけは知っている人も多いかと思います。
私、大学生ライターJ.D.はウイスキーを楽しむ上でかなり便利なツールだと思っているのですが、実際に使用している人にはめったにお目にかかりません。
それどころか
『アル中の為のアイテム!』
『中二病をこじらせた大人が使う』
なんて意見がチラホラ見受けられ、空前のウイスキーブームにも関わらずスキットルに関する詳しい情報が書かれた書籍などは全く見当たりません。
「この状況はあんまりだ!」
本気でそう思ったので今回から私の記事ではスキットルに関する特集を3回にわたり書いていきたいと思っています。
スキットルの歴史、活用方法、注意点などを徹底的に解説します。
まず、第一回目はスキットルの歴史についてクローズアップしていきたいと思います。
スキットルとはどんなもの?名前の由来は?
スキットルはお酒を持ち運ぶための水筒です。特にウイスキーやブランデーなどの蒸溜酒を持ち運ぶ際に使われます。
一般的な水筒との違いは、薄く、堅牢な造形が挙げられますが、最大の特徴はヒップポケットに入れやすいように湾曲した独特な形です。
スキットルの名前の由来は、18世紀頃のイギリスで流行っていた木製のピンを倒す遊び”スキットル”にちなんでいます。
ちなみにこの”スキットル”という遊びはボーリングの元になったと言われています。
他にも呼び名はあって、「ヒップフラスコ」、「ウイスキーボトル」とも呼ばれます。
一番上の湯たんぽのような形のスキットルは恐らく初期型ですが、こう見ると当時の人がスキットルと呼んだ理由が何となくわかります。
お酒を持ち運ぶ文化
『お酒を持ち歩く道具』ということから、日本ではあまり良い印象がないスキットルですが、海外では立派なアウトドアや登山グッズの一つとして数えられています。
欧米ではお酒を「特別な嗜好品ではなく、身近にある日用品の一部」と捉えている文化的な側面があり、成人した人々は好きなお酒の銘柄を覚えていたり、自らの定番カクテルを決めているという背景があるのです。
なのでスキットルの魅力を知るためにも『海外ではどのようにして、お酒を持ち運ぶ文化が生まれたのか』ということを歴史から紐解いていきましょう。
スキットルが生まれた頃のヨーロッパ
普段生活しているとあまりに気にも留めませんが、日本では水道水が当たり前のように飲めます。
しかし、水道から直接水を飲めるという国は世界的に希少なのです。
最近では各国の浄水能力も向上していますが、スキットルが生まれた17~19世紀頃のヨーロッパでは水を飲むことが死に直結したといいます。
ウソのように思えるかもしれませんが、近世以前のヨーロッパの都市部は、窓から汚物を投げ捨てたり、川に汚水を垂れ流しにしていました。産業革命の影響で都市部に大量の人が流れ込んだことから、飲み水に使用できる安全な水を十分に確保するというのはまず不可能な状況でした。
今でこそ美しいテムズ川も、19世紀の中頃は病原菌の温床ともいわれていました。工場からの排水や尿が垂れ流しになっており、あまりの悪臭に川沿いにあった議会が移動を余儀なくされたとか、川周辺の井戸すらも汚染されていたという文献や、上の様な風刺画が残っているほどです。
酒を飲まなければ、死んでしまう状況
この様に凄惨なヨーロッパ水事情ですが、人間は水を飲まなくては生きてはいけません。
そこで安全に喉を潤すに為に当時の人々がどうしたのかというと、”水に酢を混ぜる”、もしくは”酒を飲む”という方法で喉を潤していました。具体的にはアルコール分の薄いビールや、保存が効く蒸溜酒を水割りにして飲んでいたといいます。
この状態はイギリス植民地から紅茶が、中東からコーヒーが伝播するまで続いたそうなので、当時の人にしてみればお酒はアルコール消毒されたミネラルウォーター程度のものだったのでしょう。
実際、過去の文献を読むと、
井戸水を飲んだ人はコレラに感染したが、ビール醸造所で働きビールを常飲していた人は無事だった。
という文献も有る程です。
このようなありさまですから、「飲料としてお酒を持ち運ぶ」ことはとても自然なことだったのです。
隠す為に必要だった?
スキットルの歴史には、もう一つ有力な説があります。
それはウイスキーを隠すために必要だったという説です。
当時、スコットランドやアイルランドで造るウイスキーには重税がかけられたという話はスコッチスペイサイド地方の記事でもオーツカ氏が解説していました。
ウイスキーが琥珀色である理由も、”密造していることがバレないようにシェリーの樽に入れて保管していたから(樽の色が移った)”という説が有るほどです。
つまり、「税からどう逃げるか」「どう隠すか」はウイスキーと切っても切り離せない歴史的要素なのです。
この要素は、ウイスキーを入れる「スキットル」にもついて回り、スキットルがあの形に進化したのは、隠しやすいからという説もあるのです。
その説を裏付ける証拠に、海賊版という意味を示す単語にBootlegというものがあります。
「boot」+「leg」からなる単語ですが、その語源は、密造酒をスキットルに入れて、ブーツの中に隠していたという行為から生まれています。なかなか興味深いですね。
スキットルが今の形になった理由
過去のヨーロッパにおいて、お酒を持ち運ぶことは重要だったことは理解して頂けたかと思います。
ではこのスキットル、どのような人々が使い、現代にまで伝播してきたのでしょうか。
スキットルが作られた18世紀頃のイギリスでは既に紅茶やコーヒーが飲まれていました。もちろんこれらの嗜好品を飲めるのは、名のある貴族やごく一部の上流階級の人々でした。
なので、スキットルを使っていたのは、労働者階級と呼ばれる人々だったようです。
当時、食器には銀が多く使われており銀製のスキットルもありました。しかし労働者階級にはスズを主体とした安価な「ピューター」製のスキットルが普及していたようです。徐々にアメリカなどにも輸出され、スコッチはもちろん、バーボンなどを入れ携帯する文化が根付き始めます。
悪法が現在のスキットルを作った
スキットルが爆発的に普及したのはアメリカで「禁酒法」が施工されてからです。
1920年から1933年までアメリカ合衆国で施行された悪法で、消費のためのアルコールの製造、販売、輸送が全面的に禁止した法律です。
スコッチやアイリッシュ同様、アメリカでもお酒を隠さなければいけない状況に迫られたわけです。
あるものはブーツに、あるものは太ももに、スキットルに入ったお酒を忍ばせて日々を過ごしました。
禁酒法時代のアメリカを舞台にした映画「お熱いのがお好き」で、マリリン・モンローがスキットルボトルを太股に忍ばせていたのは有名な話ですね。
この頃にはピューターや銀といった柔らかい素材だけでなく丈夫で軽いステンレスの製品も登場します。
ヒップポケットに入れて携帯できる現在の「スキットル」が生まれた時代と言っていいでしょう。
その後禁酒法は撤回され、自由にお酒が買えるようになった為、スキットルは必要とされなくなりました。しかしこの”お酒を携帯する”という文化はアメリカ本土に根付き、次第にアウトドア用品と形を変え、受け入れられるようになりました。
登山やキャンプに自分のお気に入りのお酒を持っていき、雄大な自然を眺めながら楽しむため。
さらにアウトドアに於いては消毒液の代用として使われることもあります。
軽量で頑丈、行動の邪魔にならない携帯性を持つスキットルは、多くの荷物でかさばる登山やアウトドアに最適な水筒として活用されることになり現代へ至っているのです。
おわりに
いかがでしたか?今回はスキットルの歴史や生い立ちをお話しさせていただきました。
考えれてみればウイスキーの歴史そのものが高い税金から逃れる(隠す)という事象の連続です。スキットルは「隠す」という手法でウイスキーの歴史の片棒を担ってきたのかもしれませんね。もしスキットルを手にする機会があれば禁酒法時代の歴史に思いを馳せてみるのも良いかもしれません。
次回はそんなスキットルを、現代日本でどのように活用すればいいか?そして利用用途別に、今回あまり深く触れなかった素材についてなどを徹底的に解説します!